障がいを抱えても、もう一度バイクに乗って仲間と走りたい。その願いをかなえる「やるぜ!!箱根ターンパイク2026」が、2026年10月17日に開催された。青木治親さんが代表を務めるSSP(サイドスタンドプロジェクト)の呼びかけに、多くの協力者が集結。走る人も支える人も一緒につくり上げた、秋の箱根での特別な一日をレポートする。
Report:横田和彦
青木治親さんが率いるSSPとは? 再びバイクで箱根を走るまでの道のり
仲間とバイクで走り、同じ景色を楽しむ。
その時間を、たくさんの人の力で実現する「やるぜ!!箱根ターンパイク2026」が、2026年10月17日に開催された。主催するのは、元ロードレース世界チャンピオンで現在はオートレーサーの青木治親さんが代表理事を務める公益社団法人SSP(サイドスタンドプロジェクト)だ。

活動のきっかけは、サーキットでのアクシデントで下半身不随となった兄・青木拓磨さんが、再びバイクに乗ったこと。その喜びを、同じように障がいを抱えながらも、「もう一度バイクを楽しみたい」と願う人たちにも届けたい。治親さんは、身体の状態に合わせた車両の工夫や、走行を支える仲間づくりに取り組んで活動を広げ、2022年にはターンパイクを貸し切り、念願だった障がい者による箱根ツーリングを実現した。



ただし、希望すれば誰もが箱根を走れるわけではない。普段から各地で開催されるSSPの体験走行会で練習を重ね、代表の治親さんが「これだけ乗れれば大丈夫」と判断した人が、晴れて参加できるのだ。仲間と楽しむこの一日には、そこに至るまでの練習と、安全を確かめる積み重ねがある。
2025年2月に平塚競輪場で開催されたSSPのイベント




SSPは、普段からこういう企画を各地で開催している。開催スケジュールや場所などの詳細は、SSPのホームページ(https://ssp.ne.jp/index.html)を参照のこと。
第5回となる今回は、パラモトライダー13名に加え、デフライダー4名や、ともに走る多くのライダーたちが参加。その中には拓磨さんの姿もあり、また長兄の青木宣篤さんも先導ライダーとして走行を支えた。現地で目にした多くのスタッフや協力者の姿からは、治親さんの呼びかけに応え、同じ目標に向かう人の輪が広がっていることが伝わってきた。


こうした活動は社会的にも評価され、2025年度には内閣府の「バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰」で内閣府特命担当大臣賞を受賞。2026年には、社会貢献支援財団の「第65回社会貢献者表彰」も受けている。
小田原市長も駆けつけた、晴天の開会式
富士山を望む秋晴れのもと、大観山スカイラウンジ前で開会式が行われた。小田原市の加藤憲一市長も駆けつけて、イベントのTシャツを着用して挨拶。ゲストの紹介では冗談も交わされ、和やかな雰囲気のなか、出発に向けて参加者たちの気持ちが一つになっていくのを感じた。




その一方で、繰り返し耳にしたのが安全についての呼びかけだ。警察による交通安全の話に続き、メディカルアドバイザーが参加者の身体の状態や体調管理について説明。同じように車椅子を利用していても、手足や体幹の動かしやすさは一人ひとり異なる。体温調節などが難しい場合もあり、周囲が顔色の変化に気づき、声をかけることも大切になる。各地点には医療従事者も配置された。



拓磨さんが語ったのは、周囲の手助けや理解があるからこそ、みんなでバイクを楽しめるということ。先導ライダーたちからも、これまで無事故で続けてきた開催を全員の協力で守ろうと伝えられた。
スタートの時間が迫ると、スタッフはそれぞれの持ち場へ。楽しみと緊張感を共有しながら、いよいよ特別なツーリングが始まる。




スタート準備ではボランティアのみなさんが力を合わせてサポート。彼らの存在があってこそのイベントだとあらためて感じた。
白バイや自衛隊のバイクも参加! 仲間とともに箱根ターンパイクを駆け抜ける
今回、目を引いたのは、小田原警察署の白バイと自衛隊のオートバイも加わったこと。彼らが貸し切りのターンパイクで、パラモトライダーたちと一緒に走る。なかなか見られない組み合わせは、このイベントならではの光景だといえるだろう。

パラモトライダー、デフライダー、ともに走るライダーたち。それぞれに異なる背景を持つライダーが、同じ箱根の道を楽しむ仲間になる。乗車や発進・停止に必要な手助けは一人ひとり異なるが、車両の工夫とスタッフのサポートによって、準備が進められていく。
拍手と歓声に送り出され、いよいよ箱根の道へ!
そしていよいよスタートとなり、緊張がピークに達する。ボランティアスタッフに押し出され、パラモトライダーたちが走りはじめる。その姿を笑顔と歓声、拍手、そしてSSPの応援歌が見送る。






スタート地点では、ミュージシャンのヤングさんがSSPの応援歌を歌い、盛り上げてくれた。




ゴールで待っていたのは、仲間の手と最高の笑顔!







箱根を走った喜びをよく表していたのが、走行後の参議院議員の横澤たかのりさんの言葉。自身も車椅子を使う障がい者だが、クラッチをつなぎ、風を感じ、何よりみんなと一緒に走れたことが最高に楽しかったという。拓磨さんとの走行を振り返る話には冗談も交じり、会場を和ませた。


バイクを操る楽しさに、誰かと一緒に走る喜びが重なる。そうしたやり取りに触れていると、いつものツーリング仲間の会話と変わらないことに気付く。その何気ない時間の豊かさを、あらためて感じさせられた。




笑顔で送り出し、笑顔で迎え、笑顔でヘルメットを脱ぐ。それはどんなバイク乗りにとってもかけがえのない瞬間だ。それを我々ライダーは忘れてはいけない。

5回目の開催を支えた仲間たちへ。青木治親さんが伝えた感謝の言葉
会場には、ハンドペイントや雑貨類の販売をする出展ブースも並び、走行以外の楽しみも用意されていた。ペイント施工やCD作成を通じた寄付、グッズ製作による活動応援など支援の方法もさまざま。スタッフとして参加する以外にも、寄付活動を通じてこの取組みをバックアップすることもできるのだ。







走行後には、箱根ターンパイクから参加したパラモトライダーらへ記念のタンブラーが贈られ、ビートンさんからはオリジナルキーホルダーが参加者、スタッフ全員に向けた抽選で贈られた。そのころにはライダーやスタッフの間にも無事に走行を終えたという、ほっとした空気が流れる。

そして最後に主催者である治親さんが挨拶。第5回を迎え、関わる人が増えてきた喜びと、これからも活動を広げていきたいという想い。感謝を伝えながら後半は言葉を詰まらせた。「がんばれー!」の声援に笑顔で最後まで話しきったが、その姿は多くの人の心に強く残った。
走る人、支える人、応援する人。それぞれの力でつくり上げた、箱根での一日だった。


バイクだから味わえる楽しさがある 〜参加者インタビュー〜
──車椅子を使うようになった経緯を教えてください。
2010年、バイクに乗っていて交通事故に巻き込まれたんです。それまでもバイクが好きで乗っていました。私の場合、下半身が動かないわけではないのですが、歩けないので普段は車椅子を使っています。

──SSPの活動に参加したきっかけは?
車椅子になって間もない頃、青木拓磨さんと知り合うきっかけがあったんです。それから親しくさせてもらって、そのつながりで治親さんのプロジェクトを教えてもらいました。SSPには、かなり初めの頃から参加しています。
──バイクにもう一度乗りたいという思いがあった?
今は三輪の車両に乗っているので、風を切る感覚自体はバイクに近いものがあります。でも私の乗っている三輪は車体が傾かないんです。やっぱりバイクで車体をバンクさせて走るのが面白い。もう一度あの感覚を味わえるなら、味わいたいと思っていました。

──普段の体験走行会にも参加していますか?
参加し始めた頃は、毎回のように行っていました。教習所などで練習して、それから箱根を走るという流れですね。今は練習に来なくても大丈夫と言ってもらっているので、この箱根での走行をメインに考えています。
──やはり年に一度、箱根を走れることは大きい?
もちろんです! 車椅子になったとき、もうバイクには乗れないと諦めてしまった。それが、こうしてバイクで峠道を走って、きれいな海や景色を見ると、やっぱり感動するんです。車の運転もできますが、それとは違う。バイクだからこそ感じられるものがありますね。

バイクに乗る喜びを、もっと多くの人へ。SSPが広げる仲間の輪
取材を終えて心に残ったのは、走行そのものと同じくらい、会場で交わされていた言葉や笑いだった。仲間と走った楽しさを話し、冗談を言い合い、手を貸してくれた人に感謝を伝える。そこには、バイクを通じて人がつながる喜びがあった。


もちろん、その時間は自然に生まれたものではない。車両を準備する人、乗車や発進・停止を支える人、体調を見守る人、イザという時に動ける人などなど。多くの人の準備と協力があって実現したものだ。




閉会の挨拶では、帰宅するまで事故なく過ごしてほしいという呼びかけもあった。最後まで安全を大切にする姿勢が、この日の楽しさを支えていた。「また一緒に走りたい」。そう思える機会が、これからもつながっていくことを願いたい。

<動画>パラモトライダーとは?
<動画>ボランティアスタッフとは?
(編集協力:公益社団法人SSP)







