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ヤマハ株式会社がMonster Energy Yamaha MotoGPのオフィシャルスポンサーに

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ヤマハ発動機株式会社は、ヤマハ株式会社がMonster Energy Yamaha MotoGP Teamのオフィシャルスポンサーに就任したことを発表した。
これにより、同社はヤマハ株式会社と新たな調和を目指してコラボレーションを高め、ファンの期待に応えられるよう取り組んでいくとしている。MotoGP世界選手権2024年残りのシーズン、同チームの走りに注目したい。

目次

MotoGP世界選手権 「Monster Energy Yamaha MotoGP」はヤマハ株式会社とスポンサー契約を2024年も継続

2024年7月1日、ヤマハ発動機株式会社の創立69周年に際し、2024年MotoGP世界選手権におけるMonster Energy Yamaha MotoGP Teamとヤマハ株式会社のスポンサー契約についてお知らせします。ヤマハ株式会社は、Monster Energy Yamaha MotoGP Teamのオフィシャルスポンサーに就任しており、当社とヤマハ株式会社は新たな調和を目指して2024年シーズンの残りの期間を通じてコラボレーションを高めてまいります。

ヤマハ株式会社と当社は、歴史、感性を共有し、性能向上とファインチューニング、卓越した技術の獲得への情熱を持って歩んできました。1955年以降それぞれの市場分野に向けて2社は独自の道を歩み始めましたが、好奇心と革新を促進するというコアバリューと企業文化は今も変わらず両社に息づいています。 両社は毎年7月1日と10月12日に「ヤマハデー」として、それぞれの創業を祝いつつ両社のシナジーの波及に思いを馳せています。

ヤマハ株式会社とMonster Energy Yamaha MotoGP Teamのコラボレーションは、2024年のMotoGPシーズンの残りの期間、ファンの皆さまに向けさらに多くのご期待に沿えるよう取り組んでいきます。

鷲見崇宏
ヤマハ発動機株式会社 MS開発部長

「本日は、ヤマハ発動機株式会社が創立69周年を迎える日であり、私たちにとってヤマハ株式会社との強い絆とパートナーシップを確認する絶好の機会となっています。両社はその歴史だけでなく、価値観念や企業文化を共有しています。技術の開発、革新、改善への意欲は、両ヤマハの中にあり、共通の情感や出自は、永続的な共創を司るものとなっています。ヤマハブランドの誕生から137年経ちますが、両社の緊密な連携、それぞれが成し遂げてきた業績は、創業者である山葉寅楠氏をもきっと感動させることでしょう」
*1887年、山葉寅楠が静岡県浜松市の小学校でオルガンを修理し、同年、オルガン製作に成功した。

吉川剛志
ヤマハ株式会社 ブランド戦略本部コーポレート・マーケティング部長
「ヤマハ株式会社は、限界に挑戦するという情熱を共有しておりMonster Energy Yamaha MotoGP Teamのスポンサーになることで、私たちは革新と期待を超えるという共通の精神を探求することができます。彼らのひたむきさは、私共の多様な製品の創造の卓越さに映し出されていると感じ、世界的なステージにおけるその勝利への旅路に心を掻き立てられます」

ヤマハブランドの歴史
ヤマハのブランド名は、創業者である山葉寅楠の名前に由来しています。彼は近代技術に魅了され西洋式楽器製造のパイオニアとなり、1897年10月12日、日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)を設立しました。彼が楽器の調律という新しい技術を学びながら、ひたむきに忍耐強く努力した姿勢は、ヤマハのロゴにある3本の音叉にも象徴されています。

ヤマハ株式会社は、「音・音楽を原点に培った技術と感性で、新たな感動と豊かな文化を世界の人とともに創りつづけます」という企業理念を掲げています。

新しいことやワクワクするような機会を求めるのはただの物語ではなく、企業としての価値観となり数多の新ビジネスがイノベーションへの注力によりもたらされました。
現在、ヤマハ株式会社およびそのグループは、ピアノをはじめとした鍵盤楽器、弦楽器、金管楽器、木管楽器、ドラムなどの打楽器、業務用およびホームオーディオ製品、ユニファイドコミュニケーション製品を提供し、ヤマハ音楽教室を展開しています。

1955年7月1日、当社の二輪車専門部門が設立されました。同年、最初の製品となる125ccヤマハモーターサイクル「YA-1」の生産を開始。「YA-1」は、1955年の第3回富士山登山レースの125ccクラスで優勝し、第1回全日本オートバイク耐久ロードレース(浅間高原レース)のウルトラライト(125cc)クラスで上位3位を獲得しました。初期の成功は、その後の多くのレースでの成功を約束するものとなりました。

1958年、当社は、国際レースデビューとなる第8回アメリカ・カタリナグランプリに初挑戦し6位入賞を果たしました。1963年、世界GP(ベルギーGP) で250ccクラス初優勝、1965年には、開幕戦のデイトナGP(アメリカ)で250ccクラス優勝を飾り、年間では初の世界チャンピオンの栄誉に輝きました。1972年には、モトクロス世界選手権の第10戦スウェーデンGPの250㏄クラスで初優勝。次戦のルクセンブルクGPで当社は、同じくモトクロス世界選手権の500ccクラスで初優勝を飾りました。その2年後、ヤマハはロードレースの世界GPにおいて125cc、250cc、350cc、500ccの全クラスでコンストラクターズタイトルを獲得しています。

サーキットでの成功は続き、当社は世界中のすべてのモーターサイクル分野で成果を上げました。レースで試行錯誤を重ねた技術を市販車に応用して当社は、ヤマハ株式会社と同様に、新しい道を模索し、スクーター、スノーモビル、船外機、ウェーブランナー(水上オートバイ)、ATV(四輪バギー)、ROV(レクリエーショナルオフハイウェイビークル)、ゴルフカー、芝刈り機、産業用無人ヘリコプター、電動アシスト自転車、産業用ロボットなどの開発に挑戦しました。

1999年、500ccクラスでファクトリー・サポート・チームを率いていたグランプリレース界のレジェンド、ウェイン・レイニー氏の引退に伴い、当社の完全子会社であるMotoGPのフルファクトリーチームが発足。このMotoGPファクトリーチームは、2005年以降、ヤマハ・モーター・レーシングSrl(当社の子会社)がイタリアのジェルノ・ディ・レズモに拠点を置いて運営しています。その結果、当社は1999年から2024年の間にMotoGP世界選手権でライダータイトル8回、コンストラクターズタイトル6回、チームタイトル7回を獲得、そのなかには4度の三冠(ライダー、コンストラクターズ、チーム)も含まれています。

リリース提供元:ヤマハ発動機株式会社

※記事内容は全て執筆時点のものです。最新の情報をお確かめください。

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