北海道・石狩市の市街地の一角にひっそりと佇む「輪茶館(りんさかん)」には、今日も一台、また一台とバイクが停まります。マスターは御年71歳。この店を開いたのは1986年のことです。まだ「ライダーズカフェ」という言葉が一般的ではなかった時代から、40年近くスロットル全開で走り続けてきました。
バイクと出会い、喫茶店で仲間と出会う

輪茶館は、もともと札幌で産声を上げました。これまでに3度も移転を繰り返しています。それでもマスターは屈託のない笑顔でこう語ります。
「ここに来る人は、ここを目的にして来てくれるんだよね。だから立地はどこでもいいんだよ」
街に溶け込みすぎて通り過ぎてしまう人も少なくないそうですが、それすら冒険の一部だと言います。
「16歳からいろんなバイクに乗ってきたよ。カワサキのW1に乗っていたこともあるし、映画『イージー・ライダー』に憧れてヤマハのクルーザーXS650スペシャルに乗っていた時期もあったんだ」

バイクに魅せられた青年は、やがて喫茶店に集まるライダーたちと出会い、「ライダーズカフェ」の原点を作り上げました。
「近所の喫茶店にバイクで立ち寄ったら、同じバイクに乗っている人たちが集まるようになったんだよ。それが楽しくてね」
喫茶店を開く夢は、そんな日々の延長線上にあったのです。
自由でいたいからイベントはやらない

かつてはツーリングイベントも開催していたという輪茶館ですが、今では一切行っていないそうです。
「イベントをやると“常連”が固定化しちゃうんだよね。自由がなくなってくる。バイクは遊びでありたい。仕事になっちゃったら面白くないよ」
その信念こそが、輪茶館の空気を作っているのでしょう。
公にできない無謀なチャレンジ

そんなマスターの人生には、数々の挑戦がありました。中でも特別なのは「スーパーカブ50で24時間以内に1000kmを走破する」という無謀ともいえるチャレンジです。
「最初は27時間かかって失敗したんだ。でもね、不思議と時間が経つとまたやりたくなるんだよ。それで4回目でやっと成功したんだ。24時間切ったよ」
給油も食事も極限まで短縮。右手が痺れて動けなくなるほど疲弊したときには、洗濯ばさみでスロットルを固定して“オートクルーズ”にし、走りながら食事をとったそうです。原付の法定速度を守りつつ、どうやって24時間で1000kmを走破できたのかと疑問に思われるかもしれませんが、それは野暮というもの。
「この話、何かの形で残したいんだよな。小説でも漫画でもいい。もう、自分の人生はずっとバイクと一緒に走ってきたからさ」
好きなバイクに囲まれる喜び

店内には、奥様のハーレーダビッドソンを含む4台のバイクが飾られています。白を基調とした店内は、スーパーカブをイメージしているそうです。
「カブのようにシンプルにしたかったんだ。若いころは音楽をやっててね。椅子やテーブルを片付ければライブもできるよ」

愛車の中には、1988年にヤマハから発売された”元祖アドベンチャー”である「TDR250」の姿も見えます。
「最初は2ストが嫌いだったんだよ。トラブルばかりでね。でもヤマハのR1-Z、あれは楽しかったなあ。軽さとパワー、独特の加速感、ヤマハの2ストには遊び心があるんだよね」
ヤマハTDR250にも魅せられたそうです。一度は手放したものの、また乗りたくなり、長い間ガレージで眠っていた知り合いのバイクを譲り受けてレストアしたと話してくれました。
走る人生と喫茶店

振り返ってみれば、バイクと喫茶店のある人生こそが、マスターにとっての当たり前だったそうです。
「店をやっていなかったら、ここまでバイクに乗っていなかったかもしれない。カブでの挑戦も、全部“走る人生”の一部だよね」

輪茶館の駐車場には、今日もバイクが停まり、誰かがまた物語を語りにやってきます。マスターの静かで熱い“エンジン音”は、これからも止まることはないでしょう。
輪茶館
住所:石狩市花川南4条2丁目271-17
電話番号:0133-67-1911
営業時間:9:00~21:00
定休日:ほぼ無休

