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知ると旅がより楽しい!長野県・諏訪から始まる、ゆるっと歴史探訪ツーリング!

※記事内容は全て執筆時点の情報です。

「視力が悪いから」を理由に教室の最前列に座るものの、歴史の授業が始まると爆睡、先生に3度当てられても起きず、周囲を呆れさせていた…
これは、自身の高校時代のエピソードの中で、今でも友人が語り草にしているものだ。

当時の私にとって歴史を学ぶということは”記憶力ゲーム”でしかなく、教科書を読んでも退屈で、年号も大名の名前も、歴史的事件の内容も、覚えたからって何がどうなんだ、と正直思っていた。

しかしそんな考えが、バイクで全国にくり出すようになってから少しずつ変わってきたのだ。

旅先で見る美しい景色、街並み、地域独特の文化。そのどれもに途切れることなく”歴史”があり、教科書を介して見聞きした人物や出来事と関わったりしながら今の姿となって、バイクで旅をする自分に現代の姿を見せてくれている。
その一連の繋がりに気づいた時、急に歴史を知ることが面白くなった。

そんな遅咲き歴史ファンである筆者が、今回は長野県・諏訪市から出発して、中山道・木曽路を行く旅をレポート。各スポットの歴史にまつわる「へぇ~」を皆様にお届けできたらと思う。

目次

愛車と共に中央道で長野県へ!

まずは東京から中央道を使って長野県を目指す。山梨と長野の県境となる八ヶ岳周辺は高速道路上でも高原ならではのさわやかな空気と景色を楽しめるので、気分が上がる。

中央道は甲府盆地に入ってから先、ひらけた景色が続く

しかしこの中央道、建設計画が立ち上がった時にはここを通す予定はなかったのをご存じだろうか。
現在、山梨の大月から分岐し盲腸線となっている「富士吉田線」というのがあるが、計画当初はこちらが本線で、富士吉田から先、南アルプスをぶち抜くように道路を建設する計画だったのだ。

ただその計画だと、山脈の下を抜けるためにいくつものトンネルを掘削する必要があり、当時の土木技術ではかなり難易度の高い工事となってしまうこと、予算が膨れ上がることなどから、現在のルートへと変更されたそう。

本来の計画通り進んでいたらこの景色はなかったと思うと、走っていて感慨深いものがある。

諏訪盆地を目指して北上。この日は素晴らしい秋晴れだった

まずは諏訪大社で神様にごあいさつ

中央道を諏訪ICで降り、まず訪ねたのは諏訪大社・上社本宮。

ここは日本最古の神社の一つとされており、創建に関しては『古事記』の中の国譲り神話にまで遡るそう。歴史が長すぎて正確な創建年は不明とのことだ。

私は東参道の二之鳥居から参拝したが、
観光やグルメ目当てならお店が多く並ぶ北参道側がおススメ

手水舎でお清めをして境内に入ると、拝殿への道は長い回廊となっていた。これまで各地で様々な神社にご挨拶をしてきたが、こういう作りの神社は珍しい。

夏季限定だろうか、めいっぱい飾られた風鈴の音色が美しかった
旅の安全を祈願。この日は平日の午前中だったが、参拝客は多かった

そんな諏訪大社、実はこの近辺に全部で4つのお社があり、今回訪れた上社本宮のほか、上社前宮、諏訪湖を挟んで北側に下社春宮、下社秋宮が鎮座する。
何故4つもあるのか…ということに関して詳細は割愛するが(そもそも古いが故に不明な部分が多いらしく、それが諏訪大社の一つの魅力、ロマンのように思う)、最近では「四社まいり」という形で、観光と参拝をセットで楽しむ人が多いようだ。
私は今回、上社本宮のみの参拝となったが、次は是非他の3社も訪れてみたい。

4社を巡る順番やルールは特にないとのこと。
同じ諏訪大社でも、それぞれかなり雰囲気が違うようだ

実は昭和レトロ?街のアイコン・高島城

さて、次なる歴史スポットとして訪れたのは諏訪湖畔に建つ高島城。
1598年ごろに完成した城で、当時は諏訪湖の水がこの城のすぐそばまで来ており、湖に浮かぶように見えたことから「浮城」とも呼ばれたのだとか。

小ぶりながら立派な天守!入館料は310円

しかし、現在建っているこの高島城の天守は、明治期に一度取り壊されたあと、長い時を経て1970年代に再建されたものだ。
地元住民にとって高島城への愛着は並々ならぬものがあったようで、廃城のあと何度となく復興再建計画が立ち上がっては断念…を繰り返した経緯がある。
そして、現在の高島城を再建するにあたっては、なんと公費を使わず、地元住民の寄付金や奉仕のみで行ったというので、その情熱には驚かされる。

絶妙な懐かしさがある昭和なつくり。
外観と内装のギャップが面白い。

実は、ネットの口コミに「見学に行ったら中身はコンクリート作りで正直がっかり」というようなコメントがあるのを事前に見つけていたのだが、私は再建の経緯を知ってから内部の見学をしたので、この昭和感たっぷりのコンクリート壁がとても愛おしく感じられた。

歴史を知れば、見え方が変わる。なんでも「知る」ことは大事だ。

高島城より諏訪湖を望む

絶品ゆでたまご!諏訪湖間欠泉センター

諏訪エリアは温泉地としても古くから親しまれており、温泉に関連する施設が多数存在する。
その中で今回は、諏訪湖間欠泉センターを訪れた。
間欠泉とは、局地的に噴きあがる熱水や水蒸気のことで、非常に珍しい現象だ。この場所では1983年、温泉の掘削をしていたところ噴出が起き、当初は50メートルもの高さにまで熱水が届いていたという。

しかし、2022年頃から高い噴出は見られなくなり、現在は穏やかに温泉が湧き出るのみだ。

50mというと15階建てマンションくらいの高さ。
ここからそんな高さまでお湯が噴きだしていたとは…

高く噴きあがる間欠泉が見られないことは、訪れる前から分かっていたので構わない。
今回のお目当ては、ここの名物・ゆでたまごである。

間欠泉の熱を利用して作られたゆでたまごは、注文後すぐ、かなりアツアツの状態で提供される。
これが、どういう理屈か全くわからないが、普通のゆでたまごとは一線を画す美味しさなのだ。

卵自体も良いものを使っているのか、とにかく美味しい!

固ゆででありながらふわっとした触感で、何個でも食べられそうな気持ちになる。
一つ100円という値段で気軽に買えるのも嬉しい。旅の栄養補給に最適な品だ。

創業104年、塩尻唯一の映画館・東座

諏訪湖の景色をしばらく楽しんだら、国道20号に入り、塩尻峠を越えるルートへ進む。
ここから先は江戸五街道の一つ、中山道を行く旅だ。

峠を越えた先は、日本橋から数えて30番目の宿場、塩尻宿。
ここは江戸~京都間を繋ぐ中山道のみならず、各地へつながる街道が交わる場所だったため、信州では最大規模の宿場であったらしい。

ちなみに「塩尻」という地名の由来の一つとして、商人が海の方から塩を売り歩いていくと、ちょうどこの辺りで塩が売り切れ、塩の終点となることから塩尻となったという説がある。
地図で見てみると確かにどこの海からも遠い場所なので、なるほど納得である。

右手に見えるのは江戸末期の建物で、かつて旅籠として営業していた小野家住宅。

その塩尻の街の中に、唯一無二の映画館がある。大正11年創業の東座だ。

上演作品は館長さんの厳選したもののみ、とのこと
ポスターを見るに、気になる作品ばかり

もともと芝居小屋としてオープンし、経営者が変わったり紆余曲折ありながらも、映画ファンに愛されるミニシアターとして令和の今も元気に名画を上演している。
配信サービスなどを介して液晶で映画を見るのが一般的になりつつある今、こうした劇場で作品を体感することには大きな価値があると思う。
時間さえあれば、一作鑑賞していきたかったが、今回はその外観を見学させていただくのみとなった。必ずまた訪れたい、いや、訪れなければならない場所だ。

※本来は取材・撮影NGとのことだったのですが、特別に許可をいただきました。ありがとうございました!

そば切り発祥の地は中山道にあり!

塩尻を過ぎると、旧中山道は小規模な宿場が短いスパンで連続するようになる。
その中のひとつ、本山宿はそば切り発祥の地として有名だ。

そば切りとは、いわゆる現代の我々が「日本そば」として食べている細い麺スタイルのそばのことで、そば切りが普及するまでは、そばの実をそのまま食べたり、そばを挽いてお湯で捏ねた「そばがき」が主流であったそう。

今や日本料理の代表格たる「そば」の形がここから始まったと知れば、やはり本場のそばをいただかねばなるまいと思ったが、この本山宿のお店はこの日が定休日。
とはいえ簡単に諦めることはしない。そばを求めて更に街道を進む。

古民家でゆったりと…そば処ながせの岩魚天そば

旧中山道の脇に通された新道・国道19号を行く

そば切り発祥の本山宿から15分ほど進んで、途中「これより木曽路」の看板を確認。
木曽路というのは中山道の一部を指す名前で、木曽川に沿ってしばらく続く、山深いエリアだ。
その途中にお目当ての店がある。

国道側から行くと入口が奥まっていて見逃しやすいので要注意!(私も一度通過してしまいました)

今回食事に伺ったのは、そば処ながせさん。
テレビで紹介されたこともある有名店で、休日には相当な行列ができるそうだが、平日かつ午後遅めの時間に到着したおかげですんなり席に着くことができた。

猛暑の影響で山菜天が欠品していたのは残念だったが、代わりに載っていた野菜天が最高に美味しかった

メニューの中から、悩みに悩んで注文したのは冷やし岩魚天そば。
このイワナが信じられないほどふわふわで、当然臭みなど一切なく、口に運ぶたびに幸せになれる味だった。

また、メインであるそばは香り高く、手打ちならではの歯ごたえや口当たりがたまらない。
出汁の利いたつゆも染み入るおいしさで、塩分過多を気にしながらもついつい飲み干してしまったが、まだまだ残暑の時期であるから、摂った塩分はきっと、汗で帳消しになるだろう。

静かな古民家の窓辺で、お庭の景色を楽しみながらいただくという環境も相まって、最高のそば体験だった。

まるでタイムスリップ?!奈良井宿

さて、この旅もいよいよ終盤となるが、今回の計画で私が一番楽しみにしていた場所にいよいよ足を踏み入れる。中山道34番目の宿場、奈良井宿だ。

ここまで街道を辿る過程でいくつかの宿場を通過してきたが、ここは他と少々違う。
川沿いに1キロもの長さで、立派な古い町並みが残されているのだ。

奈良井は重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、江戸時代の建物がそのまま残っている貴重な場所

歩いていると自分が令和に生きていることを忘れてしまうような、不思議な感覚に陥る。
この町並みを現代まで残せた理由はいくつかあるようだが、近代以降に大火が起きなかったことや、国道バイパスが川を挟んで反対側に整備されることとなり、道の拡張や開発が行われなかったことなどが挙げられるそうだ。
火の用心を徹底してきた住民の皆さんと、国道を敷設した技術者の方々に感謝を伝えたい。

そんな奈良井宿は、地元住民以外は車両の通行ができない決まりのため、バイクや車で訪れる際は必ず近隣の駐車場を利用しよう。

というのも実は、私が奈良井をお散歩しているちょうどそのタイミングで、都内ナンバーのライダーが片手でカメラを持ち、動画を取りながら走行するのを見かけてしまった。観光客が多く往来する幅も広くない道で、これは大変危険な行為だ。
やはり、よそからの客である我々は、住人の皆様の好意で町を見学をさせていただいている、という気持ちを忘れず、マナーやルールは遵守したい。

それにこの場所は、江戸時代当時の人たちよろしく、徒歩でめぐるからこそ面白い場所だと思う。

この先には難所・鳥居峠が待ち構えており、かつての旅人は峠越えの前に必ずここで一泊したそう

かつて木曽路の鉄道輸送を支えた機関車、D51

奈良井宿の先、中山道の難所とされた鳥居峠には今やトンネルが通り、バイクなら一瞬で越えてしまえる。
おかげで最後、もう一か所だけ気になっていたものを見に行くことができた。
木祖村に静態保存されている、蒸気機関車・D51である。

地域の方が定期的にメンテナンスをしているようで、車体はピカピカ!

蒸気機関車の中でもD51は圧倒的な知名度があり、「デゴイチ」という愛称と共に、機関車の代名詞と言っても過言ではない存在だ。
それもそのはずで、なんとこのD51、昭和の時代に1100両以上生産されており、この数字は日本の鉄道史において圧倒的トップを誇る。

それだけの数があるので今でも日本各地、ひいては海外にも保存車両が存在し、実際に見たことがあるという人も多いだろうが、ここはご覧の通りバイクと一緒にかなり近くまで寄ることが出来るフォトスポットなのだ。

西日が強い時間ゆえに、一眼レフの設定や配置にに四苦八苦しながらもなんとか撮影に成功。
時間もちょうどいいだろうと、これにて中山道・木曽路を進む旅を締めくくり、帰路に就くことにしたのだった。

バイクに乗らなければ気づかなかった、歴史を知るというおもしろさ

帰りに一瞬立ち寄った伊那の高遠城址公園にて

今回、各スポットで見て感じて知ることとなった様々なものの”歴史”は、おそらく教科書に載るような内容ではないし、もしかしたら知って何かに役に立つものでもないかもしれない。
しかし、確実に自分の心を豊かにしてくれていると感じる。

バイクでの旅は、ちょっと気になったものがあればサッと止まって見に行けたり、走行しながら五感で土地を感じることができるから、様々な歴史エピソードにアクセスしやすいように思う。
おかげさまで、あんなに興味のないジャンルであった歴史というものに、興味深々だ。
今の自分なら高校時代の教科書を読んでも、これまでしてきた旅の景色と書かれた内容をアレコレ結び付けて、一人で面白がれるかもしれない。

日本は広く、そして長い歴史がある国だ。愛車とともに行く歴史探訪は、まだまだ続く!

歴史の長さは信頼の証
オイル添加剤「スーパーゾイル」

今回、歴史をテーマに旅をしていく中で、「未来に残す」ということについて少し考えさせられた。
何かを次の時代へと受け継いでいくためには、まず使い続けること、そしてメンテナンスを欠かさないことはとても大切だ。
塩尻の東座然り、奈良井宿の町並み然り、いずれも長い歴史の中で様々な手入れをしながら現代に至っているはずである。

そしてこれは、我々の乗るバイクも同じ。

何年、何万kmと走ってくれている愛車とこれからも長く付きあい、共に歴史を重ねていくならば、やはり日々のメンテナンスには気を配りたい。
そこでおすすめしたいのが、エンジンオイル添加剤の「スーパーゾイル」である。

私の愛車CBR250RRにはスーパーゾイル ECO for 4cycleを。
ECOシリーズは従来品に比べて成分が濃縮配合されており、使用量が少なく済むためコスパに優れている

エンジンは、どんなにマメにオイル交換をしていても、たくさん走ればその熱や高速回転で金属に細かい傷がつくなど、消耗が避けられない。
スーパーゾイルは、そんなエンジン内部の傷、凹凸を滑らかにし、ダメージ回復効果を発揮するケミカルだ。
同時にエンジンオイルの酸化を抑えてくれるため、オイル交換のサイクルを延ばしてくれるという嬉しい効果もある。
使い方は、いつものオイル交換の際に規定量を添加するだけと非常に簡単。特別な知識は必要ない。

そんなスーパーゾイルを含むゾイルシリーズは「愛車と永く付き合いたい」という開発者の想いからスタートし、30年以上、多くのユーザーとその愛車の歴史を支えてきたブランドである。

長く存在するということは、それだけ愛され、信頼されているということだ。
歴史に裏打ちされたその効果を、是非体感してみて欲しい。

バイク&カーライフに役立つ様々なケミカルがラインナップ。
気になる方は是非公式HPへ!

(編集協力:株式会社パパコーポレーション)

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