一般社団法人ニコニコフィルムは、2025年6月13日より映画『タンデム・ロード』を全国公開すると発表した。
同映画は、数多くの映画の演出部として活躍してきた滑川将人(ナメさん)氏と、パートナーの長谷川亜由美(アユミ)氏が、アドベンチャーバイク1台で世界一周を目指した427日間・約60,000kmの旅を収めたロードドキュメンタリーである。数々のトラブルや人々との交流を通じ、心を閉ざしていたアユミが人との関わりに向き合い成長していく姿を、リアルで時にユーモラスに描く。興味のある方はチェックしてみてはいかがだろうか。
映画『タンデム・ロード』2025年6月13日 イオンシネマ系他 全国ロードショー
公式サイト:tandem-road.com
バイク1台、カップルで世界一周を目指したハプニング満載ロードムービー!
数多くの映画の演出部として活躍してきた滑川将人(ナメさん)と、パートナーの長谷川亜由美(アユミ)が、アドベンチャーバイク1台で世界一周を目指した様子を自ら撮影。427日間、走行距離60,000kmに及ぶ壮大な旅の一部始終をドキュメンタリーとして完成させた。アユミの地元である福島から出発し、30カ国もの見知らぬ土地を延々と進んでいくふたり。入国トラブル、バイク故障、大喧嘩、各国の社会情勢、資金難… 多くの試練に見舞われる道中は冒険ドキュメンタリーの傑作「ユアン・マクレガー 大陸縦断 バイクの旅」シリーズを彷彿とさせる。
世界に飛び出した、先の見えないふたりは無事に世界一周を達成することができるのか…。
アニメ好きで人間関係が苦手なアユミがバイクの後ろから見たリアルな世界
アユミは幼少期からの夢だった映像制作会社で働いていたが、憧れの世界で待っていたのは社畜とも言える怒涛の日々と人間関係から来るストレスだった。精神的に限界に達したアユミは逃げるようにパートナーのナメさんとバイク旅へ。しかし、あまりの旅の過酷さに最初は勢いで出発したことを後悔するアユミだったが、道中で出会う人々、想像を超える絶景、命を預け合うナメさんとの絆が、人と関わるのが苦手なアユミの心を成長させていく。

旅した二人のProfile

福島の山の中で育つ。インキャで人見知り、一人ぼっちの時間をつぶすために漫画を描いていた。絵を描くのは好き。他の人と関わるのは好きじゃない。学校は嫌い。家は農家、年の離れた四姉妹の末っ子、学校をサボっていると蔵に閉じ込められた。そんな時は妄想の世界へトリップ、誰かが助けに来てくれるまでひたすら待つ。ファンタジー映画を観て「こんな世界つくってみたい」と映像業界(CG)へ東京での社畜生活の始まり、一週間分の着替えをバックに詰め込め、いつ日が昇って沈んでいるのか時間のわからない世界へ。「冒険の物語に憧れてたのに現実は程遠いんだなあ…」「見たことのない世界を見てみたい…」という漠然的な夢のようなもを抱くようになる。仕事も板に着いた頃、ナメさんと出会い、会社もやめる。世界遺産を巡る旅行のつもりがまさかのリアル冒険に旅立つことに、しかもバイク??なんで?


茨城の山の中で育つ。物心つく頃から、じーちゃんのカブの荷台に乗ってオフロードを走っていた。そこからの流れる景色が初めての冒険の記憶。じーちゃんのバイクで遠出した先の田んぼでじーちゃんが死んでしまう。炎天下の山の中、3歳ナメ少年はこのままだと死ぬと思い家路を戻る。何度も振り返りみた、入道雲とバイクの風景が今でも鮮明に思い出せる。山の中を走りまわって幼少期を過ごす。田舎で映画館がなかったので、悪ガキどもと図書館のビデオブースにかじり付いて爆音で「スタンドバイミー」を観て、これがしたいと思う。東京に出て映画をつくる仕事を始める。仕事の合間でテントを積んでバイク旅~。そんな時、アユミと出会い、インドア派の彼女をムリくりバイク旅に連れ出していく。アユミの夢に乗っかりバイクで世界を周る二人の旅を探すことに。

滑川将人監督コメント
僕たちがバイクで世界を一周しようと出発したのは 2013年でした。 その時にはコロナなんてものはありませんでしたし、ウクライナの戦争もありませんでした。
IS なんて言葉も知りませんでした。けれど僕たちはバイクで陸路を線で移動することで、今の世界につながる世界の息吹、躍動みたいなものを身体中で感じていました。当時はアラブの春という民主化の波が世界を変えようとしていました。
アユミの故郷の福島を出発して初めて地を踏み締めた外国はサハリン、ロシア連邦でした。北海道、稚内からフェリーで3時間。
そびえ立つレーニンの描かれた街壁、当時海外経験が皆無に等しい私たちにとって、こんな普段の生活の側に異世界があることに衝撃を受けました。そして僕はアメリカ映画の影響か、ロシア人をとても怖い人達だと考えていました。しかし僕たちの出会ったロシア人は何処までも親切で、愛情に溢れていました。
いく度も初めて出会った家族の家にお世話になりました。永遠と親が子を思い、また愛する人を想う気持ち、そんな人として当たり前のように刻まれた感情を異世界で目の当たりにすると、心が震えました。
現在そんなロシアには入国することは実質できませんしウクライナからは退避勧告が出ています。沢山のウクライナ戦争の悲惨な映像を目にしますが、私たちの語れる映像は世界中の家族、みんなの故郷の映像です。大冒険家の話ではありません。
僕たちの映像は、人見知りで、人と関わるのが苦手な普通の女の子がいきなり世界にバイクで連れ出されて、人と世界と出会って成長しようともがく物語です。目の前にある道は世界と繋がっているという、日常のささいな、みなさんとの物語です。
冒頭ではロシアのことに触れましたが、もちろん世界はロシアだけではありません。バイク旅の良いところは、陸路を永延と線で辿ります。そこには文化のグラデーションがあります。それを感じることがバイクで旅する意味です。南米ではチェ・ゲバラの様に笑。そして世界にはこんなにmotorcycleを愛している人たちがいるという事も知りました。
今の世界だから語れることがあるんじゃないか?
みなさんと生きている今の世界だから語るべきことがあるのではないか?
何処までも続く田園風景
私の冒険の始まりの記憶は幼い頃、じーちゃんとバイクで二人乗り(タンデム)してそこから見る風景でした。
何処までも続く地平線
バイク旅で世界中の沢山の人たちの故郷を訪れました。ある時、私達がモンゴルの大平原でバイクを止めて休んでいると、老人が幼い子供の顔を布で拭ってあげていました。幼子は老人に身を委ねながらも、目の前の食べ物に夢中でした。私はその少年は「自分」だと思いました。
人間の本質は世界中どこへいっても変わらないという、当たり前のような真実を目の当たりにすると体が震えました。涙が出ました。
バイク旅を終え10年の年月の間に、私は自身の故郷に戻り、家族を持ちました。
10 年で世界は変わりました。
愛する人たちが住む地で戦火が広がり続けています。
今の世界だからこそ、たくさんの故郷で暖かく迎え入れてもらった少女の物語を描く意味があるのではないか。
このドキュメンタリー映画を作る意味を強く感じました。
ふたりの旅を支えたバイク
BMW R1200 GS

中古で入手。ロシア、ヨーロッパ、北南米ルートで、約6万kmを走行した。ツアラテックのパニアケースを3個装着し、旅に必要な荷物をすべて積み込んだ。
リリース提供元:一般社団法人ニコニコフィルム








