1970年代後半、日本では漫画『サーキットの狼』をきっかけに、空前のスーパーカーブームが巻き起こりました。フェラーリやランボルギーニといった名前が一気に全国区となり、当時の男子小学生たちはスーパーカーに夢中になりました。
そんな華やかなスーパーカーの中で、異質な存在感を放っていた一台がありました。その名は「ランチア・ストラトス」。憧れを集めるためのクルマではなく、勝つために生まれたマシンです。その独特な魅力を、モデラーSho_taroさんの作品を通して、魅力を掘り下げます。
※Sho_taroさんの作品はここからご覧になれます
https://twitter.com/1980RZ250
スーパーカーという枠に紛れ込んだ異物

スーパーカーブームで圧倒的な人気を誇っていたのがランボルギーニ・カウンタックです。直線と平面で構成されたくさび形のボディ、上に跳ね上がるシザードア、リトラクタブルヘッドライト。1970年代のクルマとは思えないほど未来的で、「これぞスーパーカー」という存在でした。

カウンタックが憧れや夢の象徴だとすれば、ストラトスは勝つための道具。ショーウインドウで眺めるクルマではなく、戦場に放り込まれるために生まれてきた存在でした。まさに「スーパーカーという枠に紛れ込んだ異物」なのです。
エンツォ・フェラーリが難色を示した?!

ランチアは1906年、ヴィンチェンツォ・ランチアによってイタリア・トリノで創業された老舗メーカーです。早くから高い技術力と独創的な発想で知られ、1920〜30年代にはモノコック構造の量産車を生み出し、後には世界初の量産V6エンジンも開発しています。常に「新しいこと」を恐れない姿勢が、ランチアというブランドの特徴でした。

ストラトスが登場したのは1973年。目的はただ一つ、WRC(世界ラリー選手権)で勝つことだけです。駆動方式はミッドシップ・リア駆動で、エンジンはフェラーリ製Dino V6(2.4L)を搭載。全長約3.7mという超ショートホイールベースに、鋭いくさび形ボディ。巨大なフロントガラスも、デザインというより視界確保を最優先した結果です。すべてが競技のために割り切られた設計になっています。

その結果、ストラトスは圧倒的な戦績を残しました。1974年から1976年までWRCのメーカーズタイトルを3連覇。しかもこれは、他の車種に頼らず、ストラトス単独で獲得したものです。1973〜1978年の間にWRC通算18勝を記録し、特に1975〜1977年のモンテカルロ・ラリー3連覇は、今でも語り草になっています。軽さ、短いホイールベース、抜群の視界と旋回性を武器に、ムナーリら名ドライバーが操り、ストラトスはラリーという競技の価値観そのものを変えてしまいました。

ちなみに、Dino V6の供給をめぐってはフェラーリ側が慎重な姿勢を示したとも言われています。「フェラーリのエンジンをラリーで酷使するのか」という逸話も残るほどで、交渉は一筋縄ではいかなかったようです。確かに、公道最強クラスのエンジンをダートで走らせる発想自体が、かなり無茶ですよね。
プラモデルで狂気のマシンを再現

スケールモデルも人気で、現在は主に2社から発売されています。タミヤは「1/24 ランチア ストラトス ターボ」として、完全武装のラリーマシンをキット化。迫力満点の4連ライトポッドや、無骨で繊細なボンネットスリット、そして鮮烈なアリタリアカラーまで、“戦うクルマ”をしっかり再現しています。
ただし、このカラーリングがとにかく難しい。Sho_taroさんも「楽しいけど、失敗してないかずっとドキドキする作業だった」と語るほどで、その緊張感もまた模型の醍醐味です。

一方、ハセガワは市販車仕様の「ランチア ストラトス ストラダーレ」をラインナップ。鮮やかなブルーが印象的で、これがまた抜群にかっちょいい(死語)

ストラトスはグループ4のホモロゲーション取得に必要な400台以上を生産し、1974年10月にFIAの公認を受けた。ただし実用性はかなり低く、フロントガラスは寝すぎ、Aピラーは太すぎ、ダッシュボードは高すぎ。視界は最悪で、信号待ちでオーバーヒートすることも珍しくなかったそうです。それでもなお、人を惹きつけるのがストラトスというクルマなのです。
販売情報
タミヤ:2023年7月29日発売(スケール限定商品)
本体価格:3,300円(本体価格3,000円)
ハセガワ:2026年4月4日頃再販予定
本体価格:2500円(税込価格:2750円)








