トイズマッコイが追い求める「アメリカ」という世界観

フライトジャケットやミリタリーウエア、モーターサイクルカルチャーなど、古き良きアメリカの世界観を現代に伝え続けるブランド「トイズマッコイ」。単にヴィンテージアイテムを復刻するのではなく、その時代の空気感や背景までを含めて再現するモノづくりは、多くのファンを魅了してきた。
そんなトイズマッコイを語るうえで欠かせない存在が、スモールジェットヘルメットブランド『BUCO(ブコ)』だ。
現在では同社を象徴するアイテムのひとつとして知られているが、実は「ヘルメットメーカーになろう」という発想から始まったわけではない。そこにあったのは、ひとりのバイク好きが抱き続けた、アメリカ製ヘルメットへの純粋な憧れだった。

その「バイク好き」こそが、トイズマッコイ創業者であり、現ヒロシ オカモト(株)の代表である岡本博氏。そして、ヴィンテージヘルメットのコレクターとしての熱意が高じてトイズマッコイの門を叩き、20年以上にわたりヘルメット部門の企画生産を支え続けてきた額賀和宏氏である。
今回は、ブランドの礎を築いた岡本氏と、その背中を追いかけながら実務の舵取りを引き継いだ額賀氏に、長年愛され続けるBUCO誕生の背景と、変わらぬモノづくりへの哲学を聞いた。
憧れたのは「MADE IN USA」の空気だった

若き日の岡本会長を魅了したのは、アメリカ製ヘルメットが醸し出す独特の存在感だった。
岡本:「当時のアメリカ製品には独特の雰囲気がありました。BUCOやBELLをはじめ、アメリカで生まれたヘルメットには、うまく説明できないけど、たしかな格好良さがあったんです」
額賀:「僕のヘルメットコレクションもアメリカ製やイギリス製が多いのですが、やはりアメリカ製のヘルメットは帽体の形状やデザイン、カラーリングにヨーロッパのものとは違う独特のオーラを感じますね」
岡本:「トイズマッコイが創業以来、一貫してアメリカンカルチャーを追求してきたのも、その頃に感じた憧れが原点になっているんだよ。単なる物珍しさではなく、あの空気をそのまま再現したかった」

額賀:「ヴィンテージのフライトジャケットもミリタリーウエアも、そこに宿る文化や時代背景という魅力を次の世代へ伝えたい……その思いこそがブランドを貫くコンセプトですし、僕が岡本から受け取った一番大きなバトンでもあります」

BUCO INTERNATIONALやBUCO RACERなどの一部モデルを除き、基本的に帽体シルエットは変わらない。
BUCOを支える、たったひとつの信念

岡本:「ワシは自分が被りたくないものは作らない!!」
自身もライダーである岡本氏は、そう言い切る。
そしてこの一言こそ、30年以上変わることなくBUCOを作り続けてきた理由そのものだ。
現在もBUCOのシルエットは、初代モデルから大きく変わっていない。
ベンチレーションを追加したり、流行に合わせてデザインを大きく変えたりすることもしない。もちろん、そうしたヘルメットを作る技術はある。
しかし、それでは自分たちが被りたいヘルメットではなくなってしまう。「もし、我々が単なるヘルメットメーカーだったら、市場のトレンドに合わせて違う形のものも作っていたかもしれません。でも、そうじゃないんです」
この頑ななまでのこだわりを、隣で深く頷きながら見つめる額賀氏に、岡本氏は確かな信頼を寄せている。単なる「作り手と売り手」の関係を超え、同じ熱量でヴィンテージを愛する額賀氏だからこそ、この譲れない一線を任せられるのだ。
理想を形にした「トイズマッコイ版BUCO」の完成

岡本会長が理想とするヘルメットの姿は、幼い頃から変わらなかった。
子どもの頃、モーターサイクルレースに親しむ兄の影響で憧れたのが名作「BELL 500TX」だった。その美しいシルエットは、大人になっても色あせることはなかったという。
そこで当初はBELLブランドの復刻を目指して渡欧。しかし、現地工場が安全基準をクリアするために出してきた試作品は、岡本氏が思い描いていたシャープなシルエットとは大きく異なっていた。
「これじゃない、これじゃダメだな、と現地工場で作るのは諦めました(苦笑)」
そこでたどり着いたのが自身が権利を保有するBUCOの復活だった。理想のシルエットを守りながら、日本の安全基準をクリアする。その挑戦は決して簡単なものではなかった。試験では7度も不合格となり、開発費は約3000万円にまで膨らんだという。
それでも、帽体の形は絶対に譲らなかった。そして8回目の挑戦で、ついに安全基準をクリア。こうして現在の原点となる「トイズマッコイ版BUCO」が誕生した。
この伝説的な開発ストーリーと、命がけで守った“シェルの型”の管理や生産ラインの調整は、現在もそのまま引き継がれている。
完成した形だから、変えない

トイズマッコイ版BUCOが完成してから30年以上。その基本となる帽体は、ほとんど変わっていない。岡本氏は、BUCOの企画生産を「A-2フライトジャケットのカスタムモデル」に例えて語る。

岡本:「ベースとなる最高の形(ボディ)があって、あとは完成されたA-2フライトジャケットをキャンバスに、スコードロンパッチやバックペイントを施していくようなものなんです」
ヘルメットも同じ。帽体そのものは変えず、カラーリングやグラフィック、モールの素材などで新しさを表現していく。実際にBUCOはこれまで、ミッキーマウスやグレイトフル・デッド、さらに往年の名作「GT」をモチーフにしたモデルなど、さまざまなデザインを展開してきた。
しかし、そのどれもが、一目でBUCOと分かるあのシルエットを完璧に受け継いでいる。
額賀:「岡本が作った『完成された形』があるからこそ、僕らはグラフィックやカラーで思い切り遊ぶことができるんです。トレンドを追って形をいじる必要は一切ない。その代わり、グラフィックの再現度や質感には、アパレルブランドとしてのプライドをかけて徹底的にこだわっています」
トレンドに流されず、完成した形を守り続ける。そのうえで新たな魅力を吹き込んでいく。その変わらない魅力がBUCOには生き続けている。
変わらないことが、BUCOの魅力になる

ハーレーやトライアンフ、あるいは往年の国産旧車など、クラシカルなバイクに乗るライダーたち。そんなこだわりを持つライダーから、BUCOは30年以上にわたって支持され続けてきた。
「ファッションヘルメットですね、うちは」と、岡本氏は笑う。
もちろん、それは安全性を軽視しているという意味ではない。日本の高い安全基準をクリアしながら、30年以上変わらないシルエットを守り続けてきたという自負があるからこその言葉だ。世の中のヘルメットが軽量化やベンチレーション、空力性能といった新技術を競うなか、BUCOはあえてその流れを追いかけない。
岡本:「ワシが信じて作ったBUCOのスピリットは、ヘルメット愛なら誰にも負けない額賀がしっかりと守ってくれている。彼が手がけるこれからのBUCOも、何も変わらないし、何もブレないよ」
額賀:「『このスタイルで走りたい』と考えるライダーにとって、BUCOが30年前も、今も、そして10年後も変わらない選択肢であり続けるために。岡本の哲学をそのまま形にし、次の世代へ繋いでいきます」
創業者・岡本博の執念から生まれたBUCOは、いま、全幅の信頼を寄せられた額賀和宏という新たな旗手によって、変わらない価値を未来へと走らせている。





(取材協力:株式会社レイト商会)






