上砂川町は、北海道空知にある小さな炭鉱町。映える観光地も大型施設もなく、国道すら通っていません。かつては炭鉱で栄え、多くの人が暮らしていましたが、今は静かな空気が流れています。それでも、昭和の面影や炭鉱の名残には独特の味わいがあり、“何もない”を楽しめるライダーほど、不思議と心に残る街です。
街の歴史を集約「かみすながわ炭鉱館」

かみすながわ炭鉱館(無料)に入ると、まずはトロッコ風の通路がお出迎え。経費節約なのか、炭鉱の坑内を再現しているのか、館内は少々薄暗めです。しかし、その空気感が妙にリアル。1890年頃に石炭層が発見されると、上砂川は北海道有数の炭鉱町へ成長しました。最盛期には映画館や商店街が並び、人口も2万人超え。現在の静かな町並みからは想像しづらいほどの賑わいだったそうです。館内には当時の写真や道具が並び、炭鉱町だった頃の熱気を今に伝えています。

上砂川町は、もともと砂川市の一部でした。しかし炭鉱の発展で人口が急増し、1949年には“村”を経ずにいきなり町として独立。それだけ勢いのあった場所でした。三井砂川炭鉱では、高圧の水で石炭を崩す「水力採炭」を本格導入。大量の石炭を効率よく採れる最先端技術でしたが、坑内は泥だらけで危険も多い過酷な現場だったそうです。現在の人口は約2200人。今では静かな町ですが、そのギャップがお茶目です。
最先端から減速「地下無重力実験センター JAMIC」

上砂川町には、“無重力の聖地”だった時代があります。舞台となったのは、旧三井砂川炭鉱の「中央立坑櫓」。本来は石炭を掘るための巨大施設でしたが、炭鉱閉山後は地下無重力実験センター「JAMIC」として再利用されました。地下約710mをカプセルが落下し、約10秒間の無重力状態を作るという、過疎地とは思えないスケールです。しかも当時は世界トップレベルの実験施設でした。

しかし維持費や運営コストが重く、国の研究体制見直しもあって2003年に閉鎖。せっかくの世界レベル施設も、“維持できないので終了”という、なんとも地方炭鉱町らしい結末を迎えました。現在も巨大な立坑櫓は残っており、「なんでこんな町に宇宙開発施設が?」という強烈な違和感だけは、今もしっかり残っています。
何もないのがいい「上砂川岳温泉 パンケの湯」

上砂川岳温泉 パンケの湯は、上砂川岳の麓にある公共温泉施設です。山あいの静かな場所にあり、周囲は自然だらけ。そういうと秘湯っぽいですが、実際は地元のお風呂感が強く、スーパー銭湯のようです。泉質は透明でややアルカリ性の湯は入りやすく、ツーリング帰りの疲れをじんわり癒やしてくれます。炭鉱町らしい静けさもあり、ぼんやり過ごすにはちょうどいい温泉です。

宿泊は素泊まり1人4000円台からとリーズナブル。豪華リゾート感はありませんが、「寝て風呂に入れれば十分」というライダーにはかなり相性のいい宿です。館内レストランでは和洋中の定番メニューやオリジナル料理も提供。周辺には飲食店がほとんどないので、夜遊びしたい人には不向きですが、そのぶん静かです。ちなみに周辺ではヒグマの目撃情報もあるため、深夜の散歩デンジャラス。外出は控えましょう。
ドラマのロケ地になった架空の駅「悲別駅」

悲別駅は、かつて国鉄函館本線の上砂川支線に存在した駅で、ドラマのロケ地として知られています。1984年に放送された昨日、悲別では、脚本家の倉本聰が、炭鉱閉山後の空知を舞台に描いた作品。大ヒットした北の国からが“北海道の大自然と家族の再生”を描いたのに対し、『昨日、悲別で』は失業、過疎、閉塞感といった炭鉱町の現実を色濃く映した、かなり暗めのドラマでした。

作中に登場した「悲別駅」は実在しない駅名ですが、ロケ地となった旧上砂川駅周辺には今も当時の雰囲気が残っています。富良野のように観光地として大成功したわけではありませんが、その少し寂れた空気が逆にドラマの世界観そのもの。派手な映えスポットではありませんが、“光と影”のうち、かなり影側を味わえる場所です。
初めてなのに懐かしい街

エンジンを切ると、聞こえるのは風の音くらい。かつて何万人もの暮らしと熱気があった街とは思えないほど、今の上砂川は静かです。でも、その静けさの奥には、炭鉱町として生きた時間の余韻が確かに残っています。遠回りしなければ辿り着かない町だからこそ、帰る頃には少しだけ、この景色が忘れられなくなっているかもしれません。








