「ヨシムラ」と聞くと、多くのバイクファンが真っ先に思い浮かべるのはマフラーだろう。しかし、ヨシムラはマフラーメーカーではなく、エンジン内部パーツから、吸気系パーツ、ステップやタンクといったシャーシ系まで幅広く手がける、バイクをトータルで造る“コンストラクター”だ。オリジナルパーツの集合体である「コンプリートマシン」も生み出しており、そんなヨシムラの真髄は、サーキットで培ったノウハウを惜しみなく市販パーツに注ぎ込む姿勢にある。
ヨシムラの原点であるレースでの歴史を振り返りつつ、ヨシムラの現在とラインナップされている主要パーツを紹介していこう。
米兵相手のバイク改造から始まった、吉村秀雄の物語
ヨシムラの物語は、1954年、福岡・雑餉隈(ざっしょのくま)で始まる。「吉村モータース」と名付けられたその店は、兄の鉄工所の片隅を借りた簡素な工場だったが、次第に近くの板付空軍基地に駐屯する米兵たちが集まり始める。店主・吉村秀雄、通称POPは英語が堪能で、航空機関士だった経験を活かしたエンジンチューニングが得意だった。

米兵たちは「オヤジがいじるとバイクが速くなる」と口々に言い、POPのもとに集った。やがてPOPは自らもレースに参加し、飛行場内で開催されるドラッグレースやロードレースでは無敗を誇るマシンを作り上げる。その技術と人柄に惹かれ、多くのライダーたちが吉村モータースを訪れるようになった。

1964年、POPが手がけたホンダCB77は、鈴鹿18時間耐久ロードレースで優勝。POPの名は全国に轟いた。これを機に、吉村モータースは東京・福生へ拠点を移し、横田基地の米兵たちを相手に再び人気を博す。66年には秋川に移転、長男・不二雄も手伝い始める。そして69年、ホンダから「ナナハン」ことCB750FOURが登場すると、ヨシムラはアメリカ進出を考えるようになるのだ。

米クラウスホンダがヨシムラにエンジンチューニングを依頼してきたのは1971年のこと。世界初のバイク用、集合マフラーは、サーキットで注目の的となった。デイトナのレースで一時トップを走るも、惜しくもカムチェーン切れでリタイア。しかし、その性能は一気に評判となり、ヨシムラ製パーツの注文が殺到することとなった。
カワサキの〝Z1〟こと900スーパーフォアが登場したのもこのころだ。ヨシムラのチューニング技術の高さに目を付けたカワサキは、発売間もないZ1のチューニングを依頼。1973年にデイトナで行われたスピード記録への挑戦で、Z1は数々の世界記録(FIM)とAMA記録を樹立し、Z1の性能の高さとヨシムラのチューニング技術を広く世界に知らしめることにもなった。
1972年にロサンゼルスで設立した「ヨシムラレーシング」は、Z1での世界記録樹立やルマンサーキットで開催されたボルドール24時間耐久レースをはじめとするレースでの活躍など、順風満帆かのように思われた。しかし、アメリカ人の共同経営者に会社を乗っ取られ、無念の帰国を余儀なくされた……。だが、1975年には再びアメリカに進出し、「ヨシムラR&D」を設立。ここから快進撃が始まる。

1976年、POPは新たにデビューするというスズキGS750のエンジン透視図に感銘を受け、USスズキに連絡。開発責任者・横内悦夫との面談を経て契約書もない、口約束だけで信頼を築き、スズキとの協力関係がスタートする。77年末には、発売前のGS1000を2台空輸してもらい、78年の「第1回鈴鹿8耐」参戦へ。ヨシムラGS1000は、ヨーロッパの無敵艦隊・RCBを退け、見事初代王者となった。
この勝利を機に、ヨシムラは世界にその名を刻む存在へと変貌を遂げる。以降、全日本ロードレースにも本格参戦し、GSX-R400/750を中心に数々のタイトルを獲得。TT-F1クラスでは1985~1987年に3連覇、1989年にはTT-F3と合わせてダブルタイトルを達成。大手メーカーのホンダやヤマハと真っ向から渡り合い、神奈川の町工場がレースシーンの主役に躍り出た。
再び世界へ。レース最前線で鍛えられるヨシムラの現在
全日本選手権のTT-F1/TT-F3で無類の強さを誇り、ヨシムラ=速いというイメージを不動のものとした。1990年代以降も、GSX-RシリーズやハヤブサをベースにXフォーミュラやスーパーバイクへ参戦。2010年代に入ると、世界耐久に軸足を置くようになる。世界耐久選手権(EWC)においてはスズキのトップチームSERT(=スズキ・エンデュランス・レーシング・チーム)と連携し、2021年には「ヨシムラSERT Motul」として新体制をスタート。デビューイヤーにいきなり世界王者となった。

2024年には2度目のタイトルを獲得し、2025年にはゼッケン1をつけ世界選手権で戦っている。
ヨシムラがチャレンジしてきたレースカテゴリーでの共通項は「市販車ベースのレース」ということ。つまり、誰もが購入できるバイクにパーツを取り付け、より速いバイクに仕上げたいという思いだ。それはレース以外の世界では、より楽しい、思い通りに操ることができるバイクに仕上げたいという思いにつながっている。
今も進化を続けるヨシムラのパーツ
ヨシムラは、レース活動で培われた技術をストリートユーザーにも届けるべく、日々パーツの開発と進化を続けている。現代の人気車両に向けた最新の製品群は、見た目のドレスアップだけにとどまらず、性能の向上や耐久性の強化にも貢献する本格仕様。ここでは、注目のモデルと、近年人気を集めている原付2種向けモデルのパーツ展開について紹介しょう。
“Z伝説”を現代に。Z900RS/CAFEに映えるヨシムラの名品群

クラシックなZ系スタイルと現代の走行性能を融合させたZ900RS/CAFE。その存在感をさらに引き立てるために、ヨシムラは性能・品質・デザインを高次元でバランスさせた各種パーツを展開している。

中でも注目は、「手曲ストレートサイクロン Duplex Shooter」だ。熟練職人の手作業によって仕上げられるフルエキゾーストマフラーには、鉄とステンレスを使い分けた構造を採用。伝統的な美しさと現代的な性能を両立。新設計のサブサイレンサーや4-2-1集合構造により中低速域の扱いやすさを保ちつつ、ピークパワーを向上。さらに約23%の軽量化も実現している。鉄特有の響きによる重厚なサウンドも魅力だ。

加えて、コントロール性の良さとパワー・トルクUPの両立を実現した「ST-1Mカムシャフト」、純正形状を維持しながら容量UPを実現した「アルミフューエルタンク」など、Z900RSのスタイルと性能をワンランクアップさせるパーツも多数ラインナップしている。

Z系の伝統を受け継ぎながら、現代のライダーが求める快適性・機能性・個性を高い次元で満たしてくれる――それが、ヨシムラのZ900RS/CAFE用パーツ群だ。
“加速の怪物”をさらに研ぎ澄ます。HAYABUSA用ヨシムラパーツ

スズキのフラッグシップモデルとして、世界中のライダーから圧倒的な支持を受けるHAYABUSA(隼)。そのポテンシャルをさらに引き出すために、ヨシムラは各車両に合わせた設計の高性能パーツを多数ラインナップしている。

中心となるのは、政府認証を取得した「機械曲 R-11Sq チタンサイクロン」マフラー。スリップオンとフルエキゾーストがランナップされているが、注目はフルエキだ。レースでの経験と知識をもとに造りあげたマフラーは純正比約58%にもおよぶ軽量化(重量8.6kg)を実現。美しさを力強さを両立した造形は、HAYABUSAのスタイルを一層スポーティにしてくれる。サウンドもノーマルのくぐもったような音質から一変し、クリアでレーシー。

また、HAYABUSAのスタイリングを引き立ててくれるフェンダーレスキットや、転倒時のダメージを軽減するレーシングスライダーキット、ライダーの思い通りのコントロールを可能にするステップキット X-TREADなども用意。いずれも、ロングツーリングでも安心して使える耐久性と、スポーツ走行を前提とした剛性設計がなされており、日常使いからハードユースまで幅広く対応する。
高出力・高速走行が前提のHAYABUSAだからこそ、パーツにも高次元の信頼性とパフォーマンスが求められる。ヨシムラのHAYABUSA用パーツは、見た目を磨くだけでなく、性能そのものをアップデートしてくれる“戦闘力強化パッケージ”といえるだろう。
遊び心に“本気”をプラスする。ハンターカブ/モンキー/ダックス対応パーツ

サーキットシーンで鍛え上げられた性能と造形美を兼ね備えたヨシムラのパーツ。というと、大型スポーツモデルを思い浮かべる読者も多いかもしれない。しかしヨシムラの製品展開において「原付二種クラス」の小排気量マシンに向けたパーツも充実しているのをご存じだろうか。

モンキー125、ダックス125、CT125といった、いわゆる“レジャーバイク”に向けた製品が続々と登場しており、これがまた、手を抜かない仕上がり。エンジン特性を引き出すマフラー設計や、各車種専用に最適化されたフィッティング精度、そして何より、ヨシムラらしいレーシーな存在感がこのクラスのバイクに新たな魅力を与えてくれる。

小さな排気量でも、走る楽しさを最大限に。ヨシムラは、原付二種ユーザーの遊び心に“本気のチューニング”で応えている。

ヘリテイジパーツプロジェクト――往年の名車に、再び命を吹き込む

「YOSHIMURA HERITAGE PARTS プロジェクト」は、名車を現代の技術と品質で蘇らせることを目的とした、ヨシムラの独自プロジェクトである。廃番となった純正部品を“純正互換パーツ”として復刻・再生産することで、ユーザーの「愛車を長く維持したい」という想いに応えると同時に、レストア需要の高まりにも対応している。

プロジェクトの第一弾として、1985年~1987年式のGSX-R750と、Kawasaki Z1が対象車種として選定されており、これらの名車に再び命を吹き込む構想が具体化している。

「YOSHIMURA HERITAGE PARTS プロジェクト」は、単なる旧車パーツの復刻ではなく、過去の名車を現代に通用する“走る楽しさ”を持ったマシンとして再構築する、ヨシムラの新たな挑戦である。
バイクだけじゃない!いま注目の軽トラ&ハイエースのカスタムにも広がるパーツの世界

近年、アウトドア志向やガレージライフへの関心の高まりとともに、“軽トラ(軽トラック)”のカスタム需要が拡大している。かつては仕事道具としての実用性が最優先だった軽トラが、いまや「遊びの相棒」として再評価されているのだ。

ヨシムラでは、そんな軽トラに向けた本格パーツをラインナップ。たとえばスズキ・キャリイ向けには、スポーティかつ快音を生む「サイクロンマフラー」を展開しており、街乗りからアウトドアユースまで“走る楽しさ”を追求できる仕様となっている。軽トラというカテゴリーにあっても、マフラーに求められる性能とサウンドへのこだわりは、ヨシムラらしさそのものだ。
さらに注目したいのが、老舗ホイールメーカー「WEDS(ウェッズ)」とのコラボによる専用アルミホイール。実用性を損なうことなく、足元のドレスアップを実現するデザイン性と軽量性を兼ね備えたアイテムは必見だ。

加えて、〝ヨシムラ〟とワンポイントの刺繍が施された汚れや水に強くメンテナンス性に優れたシートカバーも用意。無骨な軽トラにスポーティな個性を加えてくれる。

軽トラだけにとどまらず、トランポとしても人気の高いハイエース用のホイールやシートカバー(運転席・助手席/後部座席一列)も展開しているのだ。

ヨシムラが持つ“レースからの技術還元”という哲学は、バイクだけにとどまらず、トランポとして広く使用されている軽トラやハイエースという新たなジャンルにも活かされている。日常の移動にこそ、走る楽しさと所有する喜びを――。その思いが、四輪というステージでも形になっているのだ。
まとめ

ヨシムラの本質は、“マシン全体を構築する”コンストラクターだ。エンジン内部パーツ、吸排気系、シャーシパーツに至るまで、走行性能とデザイン性を高める多彩なパーツを展開しており、さらに、「TORNADO 1200 Bonneville」「KATANA1135R」「TORNADO S-1」「HAYABUSA X-1」「M450R Super Motard」「TORNADO Ⅲ 零50」といった数々のコンプリートマシンも手がけてきた。その設計・開発には、サーキットで培ったノウハウが惜しみなく注がれている。

この姿勢の原点には、創業者・吉村秀雄(通称POP)の手によるエンジンチューニングと、数々のレース現場で培われた“勝つためのものづくり”への飽くなき情熱がある。Z900RSやHAYABUSAといった大排気量モデルはもちろん、ハンターカブやモンキー125、さらには軽トラックといった遊びのカテゴリーにまで、「ヨシムラクオリティ」はしっかりと息づいている。
サーキットで得たノウハウを、すべてのユーザーへ還元したい。
ヨシムラのパーツは単なるアフターパーツではなく、レースで鍛えられた技術と哲学を体現する“進化する選択肢”だ。性能の向上はもちろん、カスタムすることでバイクへの愛着がさらに深まり、日々のライディングがもっと楽しくなる――それがヨシムラの魅力なのである。
2024年には創業70周年を迎えたレーシングカンパニー。いつの時代も、ヨシムラはサーキットの香りを忘れない――。
(編集協力:株式会社ヨシムラジャパン)







